痴漢行為で問われる罪は? どのような刑罰に処されるのか
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平成29年、JR総武線の錦糸町~新小岩間を走行中の電車内で、女性の下着の中に手を入れた男が、警視庁葛飾署に逮捕されました。いわゆる「痴漢行為」の容疑ですが、適用された罪名は刑法の「強制わいせつ罪」です。
痴漢が犯罪にあたるというのは誰もが知っている常識ですが、具体的にどういった犯罪になるのかの区別は簡単ではありません。
本コラムでは「痴漢行為で問われる罪」について、適用される罪名や典型的なケース、その場で現行犯逮捕された場合の流れなどを解説します。
1、「痴漢罪」という犯罪は存在しない
痴漢行為は、主に力が弱く抵抗することもできない女性をターゲットにすることが多いため、悪質な犯罪だと認識されています。
鉄道の駅構内や車内には「痴漢は犯罪です」といったポスターや張り紙が掲示されているので、目にした経験のある方も多いでしょう。
では、痴漢行為は何という犯罪になるのでしょうか?
実は、刑法をはじめとしてどの法令をみても「痴漢罪」という名称の犯罪は存在していません。
行為の態様に照らすと、痴漢は次に挙げるいずれかの罪の適用を受けるケースが大半です。
- 都道府県の迷惑防止条例違反
- 刑法の強制わいせつ罪
- 軽犯罪法違反
痴漢行為をはたらいた場所、行為の内容や程度などによって、どの罪が適用されるのかが異なります。いずれの場合でも、被疑者として特定されると逮捕の危険があり、刑罰の重さに違いがあるものの有罪判決を受ければ刑罰が科せられて前科がつくという点は同じです。
2、痴漢行為に適用される犯罪│罪名別の典型的なケース
痴漢行為に適用される犯罪を、ケース別に確認していきましょう。
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(1)迷惑防止条例違反
痴漢行為に適用されるもっとも典型的な犯罪が、都道府県によって定められている「迷惑防止条例」の違反です。
東京都内における身体接触を伴う痴漢行為には「東京都 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」の第5条1項1号が適用されます。この規定は「公共の場所または公共の乗り物において、衣服その他の身に着ける物の上から、または直接に人の身体に触れてはいけない」というものです。
たとえば、満員電車の中でほかの乗客の胸を服の上から触る、コンビニでほかの客の背後から近づいて尻を触るといった行為が該当します。
また、近年みられる新しい類型の痴漢として、「Air Drop(エアドロップ)痴漢」というものがあります。「AirDrop」はアップル製品に搭載された共有機能です。写真や動画などを一定の条件を満たした近くの人に送信して共有することができます。条件を満たした相手であれば、誰にでもファイルを共有できる機能を悪用して、わいせつな画像や動画を見ず知らずの相手に一方的に送り付け、その反応を見て楽しむ痴漢行為です。
これは、「東京都 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」の第5条1項3号における「卑猥な言動」に当たるとされています。
迷惑防止条例の内容は都道府県によって異なりますが、全国の迷惑防止条例は東京都のものをモデルにしているため、規制に大きな違いはありません。
罰則はいずれも「6か月以下の懲役または50万円以下の罰金」です。なお、東京都の場合はいずれも「常習」と判断されると「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」へと加重されます。常習か否かは、明確な基準が定められているわけではなく、回数、期間、方法、動機などを考慮して判断されることになります。
以前にも痴漢容疑で検挙されたことがある場合や、初犯の場合でも多くの余罪が確認されたといったケースでは、常習として加重される危険があると考えておきましょう。 -
(2)強制わいせつ罪
迷惑防止条例違反の度を超えた過激な痴漢行為には、刑法第176条の「強制わいせつ罪」が適用されます。
本罪は、13歳以上の者を対象に「暴行または脅迫を用いてわいせつな行為をした者」を罰するものです。被害者の真意に基づく同意があれば本罪は成立しません。
13歳未満の者が対象となった場合は、「暴行または脅迫」がなくとも、単に「わいせつな行為をした」だけで本罪の処罰対象となります。被害者が13歳未満の場合、真意に基づく同意があったとしても本罪が成立します。
ここでいう「暴行または脅迫」とは、殴る・蹴るといった暴力や「騒ぐと痛い目に遭うぞ」といった脅しの文言が典型例です。もっとも、「反抗を著しく困難にする足りる程度」の強度が要求される強制性交等罪とは異なり、本罪は被害者の意思に反してわいせつ行為を行うに足りる程度の暴行・脅迫で成立すると理解されています。したがって、相当軽度な暴行・脅迫でも本罪は成立してしまいます。
例えば、暴行の例でいうと、体を押さえる、着衣を引っ張るといった程度の暴行であっても本罪は成立します。キスをする、陰部に指を入れる、股間の中に手を差し入れるといったわいせつ行為を行う際に、それに伴って体を押さえたこと等を捉えて、本罪の成立が肯定されてしまいます。
具体的にどういった行為に強制わいせつ罪が適用されるかは、様々な要素によって判断されるため、一概に「この行為をすれば成立する」ということはできません。もっとも、実際の現場ではおおむね次のような行為に強制わいせつ罪が適用されています。- 衣服の中に手を差し入れて胸を触る
- 下着の中に手を差し込んで陰部を触る
- 衣服の上から陰部を触る
- 身体を押さえつけるなど物理的に抵抗不能にした状態で身体を触る
強制わいせつ罪の法定刑は「6か月以上10年以下の懲役」です。
迷惑防止条例違反と比較すると、最低でも6か月の懲役が科せられるうえに罰金で済まされることがないという点で厳しい刑罰が予定されています。また、常習加重の規定はありませんが、以前にも痴漢で検挙された経験があったり、余罪も同時に起訴されたりした場合は、相当重い判決が出される可能性が高いです。 -
(3)軽犯罪法違反
身体を触るなどの具体的な行為がなくても、相手の前に立ちふさがったり、つきまとったりすると「軽犯罪法」の違反となるおそれがあります。
軽犯罪法第1条には33類型の不法行為を処罰することが明記されており、そのひとつに「つきまとい」が定められています。
軽犯罪法違反の罰則は「拘留または科料」です。拘留とは30日未満の刑事施設への強制収容、科料とは1万円未満の金銭徴収を受けます。
拘留・科料は、日本の法律が定める刑罰のなかでも軽微なものですが、刑罰であることに変わりはないので前科がついてしまうという点は心得ておかなければなりません。
3、痴漢容疑で現行犯逮捕された! その後はどうなる?
痴漢行為の被害者がその場で「この人、痴漢です!」と叫んで騒ぎになると、駆け付けた警察官からその場で現行犯逮捕されてしまうおそれがあります。また、現行犯逮捕は警察官ではない一般の「私人」にも認められているので、周囲にいた人や駅などの施設職員、警備員などに取り押さえられた場合も現行犯逮捕された扱いになります。
痴漢容疑で現行犯逮捕されると、その後はどうなってしまうのでしょうか?
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(1)逮捕による72時間以内の身柄拘束
現行犯逮捕されると、そのまま警察署へと連行されて最長48時間の身柄拘束を受けます。警察署の留置場へと収容され、厳しい取り調べを受けるうえに、自宅へと帰ることも、会社や学校に通うことも許されません。
警察での取り調べを終えると、さらに検察官へと身柄が引き継がれます。この手続きを「送致」といいますが、ニュースなどでは「送検」と省略されるので、こちらの名称のほうが耳なじみがあるでしょう。
送致を受理した検察官は、みずからも取り調べをおこなったうえで、24時間以内に「勾留」を請求するか、釈放するかを判断します。
ここまでが「逮捕」による身柄拘束です。 -
(2)勾留による20日間以内の身柄拘束
検察官の請求によって裁判官が勾留を許可すると、初回は最長10日間の身柄拘束を受けます。ここからは逮捕ではなく「勾留」による身柄拘束となります。
勾留が決定した被疑者の身柄は警察へと戻されて、検察官による指揮のもと、警察が取り調べなどの捜査を進めます。引き続き警察署の留置場で過ごすことになるので、社会からは隔離されたままです。
さらに、10日間で捜査が遂げられなかった場合は、10日間を上限に勾留が延長されます。
つまり、被疑者段階での勾留の最長期間は20日間です。 -
(3)起訴されると刑事裁判が開かれる場合がある
勾留が満期を迎える日まで、検察官は被疑者に対する処分を決定します。ここで検察官が「起訴」を選択すると、被疑者の立場は刑事裁判を受ける「被告人」へと変わります。さらに、公開の刑事裁判を行う場合、被告人としての勾留がされる場合があります。この場合、刑事裁判が終了されるまで数か月~数年に渡って勾留される場合もあり、社会生活への悪影響は多大なものとなります。
難しい争点等がない場合、起訴から1か月~2か月後に、初回の公判が開かれます。以後、おおむね1か月に一度のペースで公判が開かれます。終結までには数か月程度~数年の時間がかかります。 -
(4)有罪になると刑罰を科せられて前科がつく
刑事裁判の最終回では、裁判官が有罪・無罪のいずれかの判決を下します。有罪の場合はさらに法律で定められている範囲内の量刑が言い渡され、期限内に控訴申立てをしなかった場合は刑が確定します。
懲役刑や禁固刑が言い渡され、執行猶予が付かなかった場合、刑務所へと収監されるので、社会からは隔離されたままです。罰金の場合は言い渡された金額を納付することで刑罰が終了しますが、お金の都合で罰金を納付できないと、日当(多くの場合は一日あたり5000円として換算されます。)で罰金を充当できるまで労役場へと収容されます。
4、痴漢事件では示談が重要! 弁護士に交渉を依頼すべき理由
痴漢事件を穏便に解決するには、被害者との「示談」が重要です。示談とは、裁判などの法的な手続きを取らずに、加害者と被害者が話し合ってトラブルを解決することを意味します。
交通事故などの解決でも登場する用語なので耳なじみがあるかもしれませんが、刑事事件の示談交渉は保険会社のサポートが得られず、被疑者本人や被疑者家族に連絡先を教えることを被害者が拒否することも多いので、弁護士の力を借りることをおすすめします。
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(1)示談が成立すれば不起訴の可能性が高まる
被害者に対して謝罪と賠償を尽くし、被害者もこれを受け入れて許している状況があれば、あえて刑事裁判を起こしてまで厳しい処罰を求める必要はないと捜査機関が評価することが多いです。
示談が成立すると、被害者は被害届や刑事告訴を取り下げるのが一般的です。被害者に示談の内容として「犯人の処罰を望まない」という意思を示してもらうことも多く、被害届・刑事告訴の取り下げをもって捜査が終結し、検察官が不起訴を選択する可能性が高まります。
なお、冒頭で紹介したJR総武線の車内における痴漢事件も、加害者と被害者との間で示談が成立し、不起訴となりました。 -
(2)加害者による示談は困難
示談による痴漢事件の解決を望んだとしても、加害者本人による交渉は困難です。
すでに逮捕されている状況なら、加害者は身柄を拘束されているので被害者と交渉する機会を設けることさえできません。しかも、痴漢事件では「被害者がどこに住んでいる誰なのかもわからない」というケースが多いので、交渉をもちかけようにも連絡先もわからないという状況に陥るでしょう。
また、痴漢事件の被害者は、加害者に対して強い嫌悪や怒りの感情をもっているので、加害者から示談をもちかけられても受け入れてもらえないかもしれません。
弁護士に対応を一任すれば、捜査機関へのはたらきかけによる被害者情報の入手が期待できます。
「弁護士だけに教える」という条件で、住所や連絡先を明かしてくれる被害者も少なくないので、スムーズな交渉を実現するためには弁護士のサポートが欠かせません。
さらに、弁護士が代理人として交渉の場に立つことで「加害者に会いたくない」という被害者の心情に配慮した対応が可能となり、円満な解決を実現できる可能性が高まります。
5、まとめ
痴漢はきわめて反復性の高い犯罪です。一度でも成功してしまうと「バレない」「捕まらない」と勘違いをしてしまいがちですが、犯行を繰り返していれば逮捕の危険は確実に高まっていきます。もし「悪いことだとわかっているのに痴漢をやめられない」と悩んでいるなら、専門医による治療を考えたほうがよいでしょう。
すでに痴漢の容疑をかけられて警察捜査の対象になっている場合は、自分だけの力では解決できません。ただちにベリーベスト法律事務所 錦糸町オフィスへご相談ください。刑事事件の解決実績が豊富な弁護士が、逮捕や厳しい刑罰の回避に向けて全力でサポートします。
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