体液をかける行為の罪名と科される刑罰│公然わいせつ・暴行・器物損壊
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平成27年、東京都在住の男性が警視庁に逮捕されました。罪名は「器物損壊罪」です。JR総武線の錦糸町駅から秋葉原駅の間を走る電車のなかで、女性のスカートに自らの体液を発射して汚した疑いでの逮捕でした。
いわゆる「痴漢」と呼ばれるような行為ですが、わいせつ犯罪ではなく「器物損壊罪」が適用されていることに違和感を覚える方も多いでしょう。器物損壊罪といえば、いたずらで他人の車に傷をつけたり、店の看板を蹴り壊したりしたときに問われる罪なので、体液をかける行為とは関係がないようにも思えます。どういった理屈で器物損壊罪に問われたのでしょうか?
また、わいせつ犯罪など、ほかの罪に問われることはないのでしょうか。本コラムでは、他人に対して「体液をかける」という行為で問われる罪やその刑罰について解説します。
1、他人に体液をかける行為で問われる罪
他人の金品を盗めば窃盗罪、暴力をふるって相手にケガをさせれば傷害罪など、どのような行為がどの罪にあたるのかは、あらかじめ法律で定められています。
では「他人に体液をかける」という行為は、法律の定めに照らすとどのような罪に該当するのでしょうか。
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(1)器物損壊罪
器物損壊罪は、刑法第261条に定められています。
他人の物を損壊させた場合に成立する犯罪ですが、ここでいう「損壊」とは、一般的な「壊す」という行為に限りません。本罪でいう損壊とは、財物の効用を害する一切の行為を意味します。
たとえば、他人のコップに放尿をしたとしましょう。コップそのものは壊れていないし、洗浄・消毒すれば、問題なく再利用できます。
しかし、たとえ洗浄・消毒済みであっても、誰かが放尿したコップなど誰も使いたくないものです。
そうすると、このコップは物理的には壊れていなくても「コップとしての効用は失われている」といえます。
冒頭の事例に照らすと、体液をかけられたスカートは物理的に壊れているわけではないので、クリーニングに出すなどすれば、元どおりの状態に戻せるはずです。
しかし、体液をかけられたスカートが、クリーニングによって元どおりになったとしても、そのスカートを再び着用する気にはなれないでしょう。壊れてもいないのに器物損壊罪が成立するのはこういった解釈によるものです。
器物損壊罪には、3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料が科せられます。 -
(2)暴行罪
体液を衣服や持ち物にかければ器物損壊罪に問われますが、では体液を相手の身体にかけた場合はどうなるのでしょうか。
この場合に成立するのは、刑法第208条の「暴行罪」です。
暴行罪といえば、殴る・蹴るといった暴力行為を罰するのが典型ですが、法的には「人の身体に対する不法な有形力の行使」によって成立すると解釈されています。
腕をつかむ、背中を押す、頭髪を引っ張るなどの行為と同じように、体液をかける行為も不法な有形力の行使といえるので、暴行罪が成立するという考え方です。
暴行罪には、2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料が科せられます。 -
(3)公然わいせつ罪
「体液」にはさまざまなものがありますが、いたずらやわいせつ目的で悪用される機会が多いのは主に「精液」でしょう。
冒頭に紹介した事例で逮捕された男性は、ポケットに穴を開けて自慰行為をし、精液を発射したようです。精液を他人にかける際は自分の陰部を露出させることになるので、刑法第174条の「公然わいせつ罪」が成立する余地もあります。
公然わいせつ罪は「公然とわいせつな行為をした者」を罰する犯罪で、裸や陰部を他人に見せつける、いわゆる「露出狂」と呼ばれるような行為に適用されるのが典型例です。もっとも、不特定または多数の人が認識しうる状態であればよく、実際に認識されなくとも公然わいせつ罪は成立します。
とすれば、体液をかけるために陰部を露出させた際の周辺の状態によっては、たとえば相手の身体や衣服に体液がかからなかった場合でも、公然わいせつ罪が成立する可能性があります。
公然わいせつ罪の刑罰は6か月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料が科せられます。
2、どの罪に問われても逮捕の可能性がある
冒頭で紹介した事例では、女子高生に体液をかけた男が現行犯逮捕されています。他人に体液をかけると、やはり逮捕されてしまうのでしょうか?
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(1)逮捕の種類
「逮捕」には3つの種類があります。
- 通常逮捕 事件を認知した警察が捜査を進めて、捜査機関が逮捕状を請求し、それに基づいて裁判官が発付した逮捕状によって逮捕されることをいいます。後日になって逮捕されることから「後日逮捕」とも呼ばれています。
- 現行犯逮捕 現行犯人に対して、その場でおこなわれる逮捕をいい、逮捕状は不要で、警察官だけでなく目撃者や被害者などの私人でも逮捕できます。現に犯罪を行ったり、行いが終わった直後の者を現行犯人といいますが、現行犯人をその場で逮捕したとしても、誤認逮捕のおそれが少なく、また、緊急に逮捕する必要性が高いために認められています。
- 緊急逮捕 重大犯罪の事件で、急速を要し、逮捕状を請求する時間がない場合に選択される逮捕です。これに加えて、逮捕の時点では逮捕状を要しない代わりに、逮捕後はただちに逮捕状を請求しなければならない、裁判官が逮捕状を発付しないときは釈放しないといけない、などの厳格な条件が要求されます。
他人に体液をかけて逮捕されるケースで選択されるのは、現行犯逮捕が多いと思われます。目撃者や被害者に取り押さえられる、通報を受けて駆け付けた警察官に身柄を確保されるといった流れが一般的です。
ただし「現行犯でなければ逮捕されない」わけではありません。その場から逃走しても、目撃情報や防犯カメラ、また残した体液のDNAなどの証拠から特定され、後日になって通常逮捕されるおそれもあります。 -
(2)体液をかける行為で逮捕されてしまう理由
警察の捜査は「できる限り任意の方法で」というルールがあるため、取調べをする場合であっても、在宅事件として容疑者を呼び出し、終了したら帰宅させるという方法をとるのが原則であり、逮捕は例外的な処分です。
ところが「体液をかけた」という事例では、被疑者が逮捕されたケースも見受けられます。- 駐車場で、女性が所有する車のトランク付近に体液をかけた(令和4年2月)
- 路上を歩いていた女子高生の背後から、小型の容器に入れた自分の体液をかけた(令和4年4月)
- 女子高生が駐輪していた自転車のサドルに体液のようなものをかけた(令和4年4月)
ここで挙げた事例では、すべて容疑者が逮捕されています。
「体液をかける」という行為は、相手に大きなケガを負わせてしまったり、多額の損害を与えてしまったりするものとはいえません。
しかし、性的な行為に結びついたものであり、被害者に与える精神的苦痛を考えると、悪質性が高いことは否定できません。
また、いずれも事件現場から逃走しようとしており、逃亡するおそれがあると判断されたものと考えられます。
とつぜん「体液をかける」という行為は、被害者に甚大な精神的苦痛を与えるだけでなく、強制的な手段を取らないと逃亡されて同様の犯行を繰り返しかねないと考えられるために、逮捕の可能性のある事件といえるのです。
3、他人に体液をかける行為で科せられる刑罰の種類
他人に体液をかける行為は、器物損壊罪や暴行罪などに問われます。
これらの犯罪の容疑をかけられてしまい、刑事手続きの進行が止められなかった場合は、刑事裁判となり、刑罰を科せられてしまう可能性があります。
他人に体液をかける行為で科せられる刑罰を解説します。
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(1)懲役
懲役とは、受刑者を刑務所に収監し、刑務作業と呼ばれる労働を強いる刑です。身体の自由を制限することから「自由刑」のひとつとされています。
懲役には「有期」と「無期」があります。刑期を定めるのが有期懲役、刑期を定めないのが無期懲役です。
なお、令和4年には懲役と禁錮を一元化して「拘禁刑」とする改正刑法が成立しました。
令和7年ころに施行される見込みです。
拘禁刑は改善更生を重視しており、受刑者に応じた柔軟な作業・指導による効果が期待されています。 -
(2)罰金
罰金は、強制的に金銭を徴収する刑罰です。自由刑と対比して財産刑のひとつと位置づけられています。
罰金を科せられた場合は、納付した時点で刑の執行が終わったことになります。ただし「お金さえ納付すれば済まされる」と考えるべきではありません。
罰金は法律が定めている刑罰なので、罰金を納付しても「前科」がついた状態になります。会社や学校の規定によっては、解雇・退学といった処分を受ける可能性もあります。 -
(3)拘留
拘留は1日以上30日未満の自由刑です。刑務作業を強いられないので、ごく短期の禁錮と考えれば理解しやすいでしょう。
法律の定めで拘留が予定されている犯罪は多くありませんが、暴行罪や公然わいせつ罪は拘留が予定されています。 -
(4)科料
科料は1万円未満の金銭徴収を受ける刑罰です。日本で定められている刑罰のなかでもっとも軽いものです。
ただし、たとえ少額であっても前科がつくことに変わりはありません。
4、厳しい刑罰に問われないためにも弁護士に相談を
これまで述べてきたとおり、他人に体液をかけるという行為は、犯罪に当たります。
厳しい刑罰が科せられてしまうと自身の社会生活に影響を与えかねません。他人に体液をかける事件を起こしてしまった方は、ただちに弁護士にご相談ください。
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(1)被害者との示談による解決が期待できる
被害者が存在する事件において、もっとも穏便な解決を図る方法が「被害者との示談」です。
警察などの捜査機関や裁判所を介入させずに、加害者と被害者の間で話し合って事件を解決することを示談といいます。
加害者は、被害者に対し自身の犯罪行為を真摯(しんし)に謝罪したうえで、実際に発生した損害や精神的苦痛に対する慰謝料を含めた示談金の支払をするなどして許しを請います。そして被害者に、その謝罪及び示談金の支払いを受け入れ、被疑者を許し、場合によっては被害届や刑事告訴を取り下げるといった対応をお願いすることになります。
もし、被害者が警察に被害届・刑事告訴をするよりも前に示談が成立すれば、事件が表沙汰になることはありません。
ただし、刑事事件の被害者、とくにわいせつ犯罪の被害者の多くは、加害者に対して強い怒りや嫌悪感を抱いているので、示談交渉は容易ではありません。
加害者が直接、捜査機関にはたらきかけたとしても、被害者が自身の個人情報を知られることをおそれて、連絡先等の情報を教えてもらえないことがほとんどかと思われます。その場合でも、加害者の弁護人として弁護士が捜査機関にはたらきかけると、弁護士限りという条件で教えてくれる被害者も多くなります。 -
(2)厳しい処分の回避・軽減が期待できる
被害者が被害届や刑事告訴の取り下げにも同意したのであれば、被害を申告した警察署の担当者に示談成立を伝えて、被害届や刑事告訴を取り下げます。警察や検察の方針によっては、捜査は終結とするものの事件や示談の経緯を明らかにするために取り調べをおこなう場合もありますが、取調べを行うことなく警察限りで事件を終結し、検察官には送致しない「不送致」として処理されることもあります。
すでに検察官に送致されている場合でも、示談成立を理由に不起訴処分となる可能性があります。また、仮に起訴されたとしても、示談成立という事実が刑の重さを判断するに際して加害者の有利にはたらき、厳罰を回避できるということも考えられます。
とはいえ、事件が早い段階にあるほど示談の効果が高まるのは確実です。事件を起こしてしまったら、ためらうことなく弁護士に相談するのが早期解決のポイントになります。
5、まとめ
他人に体液をかける行為は、器物損壊罪・暴行罪・公然わいせつ罪といった罪に問われます。逮捕されてしまう可能性もありますので、事件を起こしてしまったら早めに対応しましょう。
事件を最善のかたちで解決する有効策が「被害者との示談」です。個人での対応は難しいので、弁護士に依頼して被害者との示談成立を目指しましょう。
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